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ブログページ

ブログページが巻物状態になっていてまずい…
早いとこどうにかしないと見づらいことこの上ない。

今現在はブログの記事反映部分だけは動的な処理がされているものの
表示件数だったりアーカイブ、カテゴリや期間検索機能は
実装してないので、単純に投稿した記事が縦積みになっていく状態。
誰が見るともわからないブログでも自分以外のだれかが見れる環境にあるなら
ユーザビリティは無視できないところ。

GWにやることリストに追加します。

こういうことしはじめちゃうとダメ

レコと作編曲をほぼ同時に進行させてしまったからかコピペ作業になってる部分があってよくない。
同じ内容だからと言ってコピペするのと同じ内容を演奏・録音するのとではワケが違う。
わかってはいるつもりだったがどうもそのあたりを勘違いしてしまっていた。
納期的な都合から焦ってくるといつもそう。

実際コピペ祭りで進行してた曲を昨夜、仮ミックスしてた時に何度も聞いた印象では、モチーフはしっかりしてるのにどうもダレるなぁという感じだったのでこのまま無駄な音を足すだとか、複雑化させるようなことをやってたらいつまでも納得いく出来にはならないと感じた。作曲・編曲を進めてるとどうも業務的、作業的にやってしまうことが多いので一度手を止め、表現したいものがなにかをしっかり思い返してから再度自分の曲と向き合うべきだなぁ。と痛感。

コピペ作業は制作工程における簡略化に他ならないので表現の技法としては不適切に思った。ということ。

他人の作品は他人のことだしどういう形で作ろうが知ったこっちゃないが、自分の作品には必ず意味・意図をもたせるようにと意識だけはしている。それを音だけでどこまで表現できるか、というのが単純な経験、技術のなせるところだと思うので、技術を向上させる練習であっても、できる限り意味のない曲は作るべきではないな、と思う。

作曲は割と好きで割合的には得意といってもいいと思うんだけど編曲が苦手な所為かこういうことでよく一喜一憂します。
これは経験値が圧倒的に足りてないだけだけど。(地道な努力って大事だよね。
以上、自分向け反省(自己啓発)記事になりました。
それでは引き続き締め切りギリギリまでの悪あがきをしますのでこれにて。

後悔し続ける人生

過去を後悔する人はこれからもずっと大なり小なり後悔の人生を送ると思います。
後悔は一瞬、これからどうするか、今をどう生きるかということ考える方がずっと有益。
毎日一回必ず自分に言い聞かせてます。

「後悔はしなくてもいいが反省はしろよな」とも。

打ち込みの音がしょぼい

打ち込み音がしょぼいです。打ち込みテクを鍛えればある程度はマシにはなりそうですけど~~~。近年は生楽器に肉薄するようなすご~いシンセ音源も増えてきてると思うんですけど、リアルタイム録音なんかでこれでもかって打ってやっても、正直う~ん…という感じ。楽器の特性にもよるけどね。

この、う~ん…をアレンジなんかやってると特に感じるのでどうもストレスになっているように思えます。力不足を道具のせいにはしたくない気持ちもありますけどハッキリ言ってアレンジがうまく固まらない要因の一つです。

録音できそうな楽器は極力録音していきます。

作曲家が公開した曲に対して音質そのものを褒めるバカについて。

タイトルそのまま。こういったことはTwitterでよく見られます。
具体的な例を出して書いてしまってますけど、今回書きたいのは本質的には「音質褒めてるバカは〇ね!」というようなことではなくSNSにおけるマナーを再認識したほうがいいぜ、っていうことですので、はやとちりで勝手に勘違いしないように。

それから書かれていることについて、「おれのことか!?」、「私のこと…?」という風に感じてしまうような人もだめです。そもそもネット向きではないです。ネットリテラシーについて再度学びなおして、自分自身にも身の回りにもいい影響をあたえないのでとりあえずSNSだけはやめときましょう。

———以下、本題———

『公開した曲に対して音質そのものを褒めるバカについて。』

よくいます。ごくごく最近も見ました。
このような発言をするのは96%くらいクリエイター側の人間です。※内訳適当
(4%はエンジニアまがいのことやってるなんだかよくわからん人々です。)

基本的に、ほめられて嫌な気分をする人ってなかなかいないと思うので、言われているほうも言っている方も気づきにくい部分なのかもわからんですが、公開した音源に対して「音がいい」という発言はどうだろ。作る側の奴らはメロディの運び方や楽曲のアレンジに対してではなく、奴らが言うのはMIDI音源や録音トラックのことを指して言っていることが多いんですよね。これは、あくまで第三者的に見てそういう風に受け取ったに過ぎませんけど、第三者が見てそう感じるのだから実際に言葉を浴びせられた側であればなおさらそう感じるんじゃないかな。

TwitterやFacebook、SNS。半ば公共の場にも近しい場所でそういうこと言うかね。マナー云々の話ではあるけどそもそもの人間性という部分でどうかしてるでしょ。純粋に褒めたいのであれば「いい。」の一言でいいよな?知らないやつから言われたら憎さ100倍ってかんじだよ

ファッションで例えると全体のコーディネイトを指して褒めているのでなく「そのワンピースかわいいね!」みたいな身に着けているもの(アイテム)そのものを褒めるようなかんじかね。馬鹿にしとんのか

ややこしいのが言われてしまう側にも非がないわけではなく、それってどう言うことか。
“手札”を御しきれていない場合です。

飼い犬に手をかまれている、そっぽを向かれている、豚に真珠、馬の耳に念仏etc…

コメントを求められた人間は正直褒めることがなくて困ってしまっている、それでも浅い繋がりからなにか言葉をかけないと。そんな考えから条件反射的に言ってしまうのかな~という見立てですがどうなんでしょうか。
ただ単に鳴っている音(質)にだけ意識がいってしまったとも考えられるけど。
それについては特にコメントを残す必要もないかな。

どちらにしても“言っている側”が圧倒的ギルティです。
(そもそも使いこなせていないこと自体をとって非とは言えないと思いま寿司)

頑張って作ったものに対してピアノの音がいいですね~!とかバイオリンの音がいいですね~!とか。ふざけんなタコ!という返事しかできません。
音質を自らの手でコントロールしていく演奏家に対するコメントにしても、音の質で語るのではなく演奏そのものにフォーカスを当ててコメントを送ったほうがいいと思います。

これらは本人が相手を傷つけようとして発言しているわけでないことはたしかないが、それだけに却って悪質だよ。無意識の悪意。
今の日本はネット社会ですから、顔の見えない相手にはどう受け取られるかくらい、ない頭を使ってでも少しは想像して発言するべきでしょう。どういう発言で相手を傷つけたり不快な思いをさせるかわからない。“なにが”、“どう”、「よい」のかしっかり伝わるよう投稿しましょう。でなければ永遠に沈黙してどうぞ。

———まとめ———

SNS系のマナーの悪さは当人が悪いことと自覚していないケースが多いのでかなり性質が悪いです。他にも発言に対する批判や一方的な価値観の押し付け(自己中心的なアドバイス)など、Twitterに関していえばかなり荒れているように感じます。
こういったことで嫌な思いをした場合にも返信にて罵詈雑言をあびせたりするのは面倒事の元ですのでは無視するのが一番だと思います。Twitterにはブロックやミュートという大変便利な機能もあるので使わない手はありません。こういったバカにはどんどん使っていきましょう。ネットでも自己防衛は大事です、心をしっかり守りましょう。

おわり。

2019春M3に当選した

タイトルのまんまね。当選させてもらったので4月28日(金)東京流通センターで行われるマルチメディア即売会イベントに参加するよ。イベント当日は〇剣伝説とかドラ〇エみたいなファンタジー感のあるインスト作品を頒布予定です。曲数はいまのところ予定ではあるけど4曲くらいかなあ、というかんじ。調子が良かったらもっと収録するかもね。

またイベント近くなったらこんな感じです。っていうおしらせ兼ねてクロスフェードっていうのかな、なんかトレイラー動画みたいの作ろうと思うので見てくれたらうれしいです。ま、見てくれる人がいるのかわからないけど。

基本的に趣味でやってるので気分が向かなければ収録数は減るわ、告知動画は作らんわというような事は当然あるのでこんなところに書いてあることはそのまま鵜呑みにしないように。